75歳以降、金融所得が医療保険料に反映される時代へ
FIREは魅力的ですが、私は正直「それで本当に大丈夫か」と思うことが多いです
FIREという言葉が、ここ数年でずいぶん市民権を得たと感じています。
若いうちに資産を作り、会社を辞め、自分の時間を取り戻す。文字にすれば簡単そうに見えますが、私は正直、「それで本当に大丈夫か」と思うことが多いです。
理由は、生活費だけの話ではないからです。
会社を辞めると、給与が止まるだけではありません。厚生年金(会社員が加入する上乗せ年金)、健康保険、住民税、信用力、ローン審査、賃貸契約、クレジットカードの審査まで、生活を支える仕組みが大きく変わります。
さらに、75歳以降の後期高齢者医療制度(75歳以上が加入する医療保険)では、株式の配当や投資信託の分配金などの金融所得が、保険料や医療費の窓口負担割合に反映される方向です。厚生労働省の資料でも、金融機関などが税務署に提出する法定調書(報告書類)を保険者にも提出し、金融所得を保険料や窓口負担割合の判定に反映する仕組みが示され、5月末の国会で成立しました。厚生労働省が提示している資料の「後期高齢者医療制度における金融所得の公平を反映」に注目ください。
つまり、単純に「資産がいくらあれば、毎年4%取り崩して暮らせる」という計算だけでは足りません。FIREは夢の話ではなく、年金、税金、医療保険、信用力まで含めた現実の生活設計として考える必要があります。
FIRE計算でよく使われる4%ルール
わかりやすい計算だからこそ、楽観的すぎないか確認が必要です
4%ルールは確かにわかりやすい。年間生活費の25倍を用意すれば、毎年4%ずつ取り崩しても資産が尽きないという考え方です。年間300万円で暮らすなら7,500万円、400万円なら1億円。計算自体はシンプルで明快です。
ただ、私はこの計算を見るたびに「少し楽観的すぎないか」と感じてしまいます。相場が毎年きれいに右肩上がりで動くわけではないからです。
実際の生活では、物価が上がります。医療費もかかります。車を持っていれば維持費や買い替え費用も必要です。持ち家でも固定資産税や修繕費がかかります。親の介護、配偶者の病気、自分自身の体力低下もあります。
そして、株式市場は毎年きれいに増えるわけではありません。引退した直後に大きな株価下落が来ると、資産を取り崩しながら回復を待つことになります。これはシーケンス・オブ・リターン・リスク(運用成績が出る順番によって資産寿命が変わるリスク)と呼ばれています。引退のタイミング次第で、同じ資産額でも全く違う結末になりえます。
4%ルールは目安にはなりますが、安全宣言ではありません。私はFIREを考えるなら4%だけでなく、3%でも試算すべきだと思っています。年間生活費300万円の場合、4%ルールなら必要資産7,500万円ですが、3%ルールでは1億円になります。この差は大きいです。
会社を辞めると厚生年金の上積みが止まります
若いFIREほど、老後年金への影響が見えにくく、深刻です
FIREの話になると、資産の取り崩しや配当収入の話はよく出てきます。でも、厚生年金のことは意外と軽く扱われている気がします。
日本の公的年金はざっくり言えば2階建てです。1階部分が国民年金、2階部分が厚生年金です。会社員として働いている間は厚生年金の加入期間が積み上がります。30代でFIREすれば、その積み上げが止まる。65歳以降の年金額が少なくなる。これは当たり前のことなのですが、FIRE計算に織り込んでいる人は、思ったより少ないのではないでしょうか。
なお、会社を退職して自営業者等になった場合には、国民年金第1号被保険者への切り替え手続きが必要です。(日本年金機構)
若いうちに会社を辞めるほど、この影響は大きくなります。高齢になれば体力も落ちます。病気のリスクも高まります。再び収入を得ることが難しくなる可能性もあります。だからこそ、FIRE計算では引退時点の資産額だけでなく、80歳・90歳になったときに生活が成り立つかを確認することが大切です。
会社を辞めると信用力も変わります
「資産が5,000万円あっても、ローン審査に落ちる」は笑い話ではありません
「資産が5,000万円あっても、ローン審査に落ちる」というのは、笑い話のようで笑えない現実です。
銀行が見るのは残高ではなく、毎月安定して支払いができるかどうかです。住宅ローン、自動車ローン、クレジットカード、賃貸住宅の契約では、定期収入・勤務先・勤続年数・過去の支払い履歴などが重視されます。会社の肩書と毎月の給与明細があれば通っていた審査が、退職した途端に別の話になる。これは十分に起こりえます。
FIREを考えるなら、退職前に大きな契約を済ませておくのが現実的だと思います。住宅ローンを組む予定があるなら、安定収入があるうちに。クレジットカードを整理するなら、退職前に。賃貸への住み替えも、定期収入があるうちに準備しておくべきです。
FIREは、単に資産額だけの問題ではありません。社会生活で必要になる信用力も、退職によって変わります。
法人化はFIREではなく独立事業化に近いです
「合同会社を作って株式運用すればよい」という考えは、実務上かなり甘いです
会社を辞めたあと、法人を作ればよいと考える人もいるかもしれません。しかし、法人化はFIREの抜け道ではありません。
法人を作って役員報酬を受け取り、事業を行い、社会保険に加入するなら、それは完全なリタイアではなく、むしろ独立事業化に近い形です。会計処理、税務申告、社会保険の手続き、法人住民税などの固定コストも発生します。
さらに重要なのは、株式運用だけを目的とした法人には実務上の壁があることです。銀行は法人口座を開設するとき、事業内容・事業実態・取引目的・入出金の内容を確認します。株式運用だけの法人は、顧客・売上・請求書・契約書といった事業実態を示しにくい場合があります。そのため、法人口座の開設で審査が厳しくなる可能性があります。法人口座が作れなければ、証券口座や法人カードの開設にも進みにくくなります。
私自身も合同会社を運営していますが、BIMコンサルティングや情報発信という外部への事業実態があるからこそ成り立っています。「会社を辞めて合同会社を作り、法人名義で株式運用すればよい」という考え方は、実務上はかなり甘いと言わざるをえません。
法人を作るなら、情報発信・コンサルティング・教育・出版・セミナーなど、外部に価値を提供する事業実態が必要です。
75歳以降、金融所得が後期高齢者医療に反映される時代へ
今回の記事で、私が最も伝えたかったのがここです
75歳を過ぎると後期高齢者医療制度(75歳以上が加入する医療保険)の対象になります。厚生労働省の資料を読むと、株の配当や投資信託の分配金といった金融所得を、保険料や医療費の自己負担割合に反映させる方向が示されています。(厚生労働省)
ここで大切なのは、対象が金融資産そのものではなく、主に金融所得であるという点です。預金残高や株式の評価額そのものを直接見て保険料を決める話ではありません。問題になるのは、株式の配当・投資信託の分配金・株式等の譲渡益などです。
これまでは「特定口座で源泉徴収を選んで確定申告しなければ関係ない」という逃げ道がありました。しかし今後は、金融機関が提出する法定調書(税務署への報告書類)をもとに、申告の有無にかかわらず判定される方向です。知らなかったでは済まなくなるかもしれません。
一方で、非課税のNISAは対象外とされています。これは非常に重要です。今後の老後資産設計では、NISAの使い方がますます重要になると考えられます。
高配当株投資家ほど注意が必要です
「配当が多いほど良い」とは言い切れなくなります
高齢者の投資では、高配当株が人気です。配当金が定期的に入るので、年金の上乗せのように使えます。銀行株、商社株、通信株など、多くの個人投資家に支持されています。私自身も、高配当株やETFの良さは十分に理解しています。
ただし、75歳以降の制度変更を考えると、高配当株には注意点もあります。配当金が増えれば生活は楽になります。しかし、その金融所得が後期高齢者医療の保険料や窓口負担割合に反映されるなら、単純に「配当が多いほど良い」とは言い切れなくなります。
毎月分配型の投資信託や高分配ETFも同様です。定期的な収入を得られる一方で、その分配金が所得として見られる可能性があります。
もちろん、高配当株が悪いわけではありません。問題は、制度を知らずに「配当金は手取り収入だから安心」と考えてしまうことです。75歳以降は、配当所得が医療保険料や窓口負担割合に影響する可能性がある。高齢投資家は、この点を知っておく必要があります。
FIRE前に確認すべき現実的な項目
資産額だけでなく、生活全体を点検する必要があります
FIREを考えるなら、最低でも次の項目は確認しておくべきです。
- 退職後の生活費:現在の生活費ではなく、退職後に本当に必要な金額を試算します。税金・健康保険料・国民年金保険料・医療費・車の維持費・家の修繕費も含めるべきです。
- 退職翌年の住民税:住民税は前年所得をもとに計算されます。退職して収入が減っても、翌年に重い住民税が来ることがあります。
- 健康保険の選択:会社を辞めた後、国民健康保険にするのか、任意継続にするのか、家族の扶養に入れるのかで負担が変わります。
- 年金の減少幅:厚生年金が止まった場合、老後年金がどれくらい減るのかを確認することが必要です。
- 信用力の確保:住宅ローン・自動車ローン・クレジットカード・賃貸住宅の契約は、退職前に考えておくべきです。
- 暴落時の現金:FIRE直後に株価が大きく下がっても、生活費をまかなえる現金や安全資産があるかを確認します。
- 収入の細い糸:副業・小規模事業・法人化・情報発信・コンサルティングなど、少しでも定期収入を残す方法があれば、FIREの安全性は大きく高まります。完全に収入を断たないことは、想像以上に大きな安心感につながります。
私の見方
結局のところ「三本柱」が答えです
結局のところ、私が行き着いたのは「三本柱」という考え方です。資産運用・事業収入・社会保険をうまく組み合わせること。
どれか一つに頼ると、その一つが崩れたときに生活全体が揺らぎます。相場が暴落すれば資産運用は苦しくなる。体力が落ちれば事業収入は細る。年金制度は改正されつづける。三つを持っていれば、一つが揺れても残りが支えてくれます。67歳になった今、これが自分の中での答えです。
FIREという言葉は華やかです。しかし、完全に働かず資産だけで長期間暮らすのは、想像よりずっと難しい。むしろ、資産運用をしながら、無理のない範囲で仕事や事業を続ける方が、老後の安心感はずっと高いと思います。
まとめ
FIRE計算は夢を見るためではなく、老後に後悔しないためのリスク管理です
FIREを否定したいわけではありません。資産を作り、働き方を自分で選べるようにする。その方向性は正しいと思っています。ただ、「完全に働かず資産だけで生きる」ことと、「働き方を自分でコントロールする」ことは、似ているようで全然違います。前者を目指して計算が甘ければ、老後に取り返しのつかない後悔をする可能性があります。
会社を辞めれば、厚生年金の上積みが止まる可能性があります。退職後は、健康保険や国民年金の負担も変わります。定期収入がなくなると、ローンやカードや賃貸の審査も厳しくなる可能性があります。法人化しようとしても、株式運用だけの法人では、口座開設という実務上の壁に当たる可能性があります。
さらに75歳以降は、株式の配当や投資信託の分配金などの金融所得が、後期高齢者医療の保険料や窓口負担割合に反映される時代に向かっています。高配当株や分配型投信を多く持つ高齢投資家ほど、この影響を意識する必要があります。
一方で、NISAの非課税所得は対象外とされています。これからの老後資産設計では、NISAの使い方がますます重要になります。
本当に目指すべきは、「働かない自由」だけではなく、「働き方を自分で選べる自由」ではないでしょうか。
資産運用、事業収入、社会保険。この三つを組み合わせることが、これからの時代に合った現実的な独立の形だと、私は考えています。
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