誰かが自信満々に投稿し、コメント欄で事実と食い違う点を指摘されると、「そうなんですか? 報道を見てるとそう思ったもので」とさらっと流して終わり。
よく見る光景です。
そして時々こういう声も聞きます。「友達限定公開だから別にいいじゃないか」と。
でも、少し考えてみてください。
友達限定にしていても、その「友達」は実名で繋がっている人たちです。職場の同僚、昔の上司、取引先、学校の同窓生——つまり、あなたのことをリアルに知っている人たちです。匿名の見知らぬ人より、ずっと近い距離で「この人はこういう判断をする人なんだ」と見ています。
範囲を狭めることと、発信の質を下げていいことは、別の話です。
そもそも「テレビで言っていたから」は、どの範囲に発信しても免罪符にはなりません。テレビも新聞も、それぞれ立場があり、伝え方に「色」があります。政治批判に軸足を置くメディアもあれば、大企業や金融機関が潤う政策を好意的に報じる経済紙もある。どれも一面であって、全体ではありません。
私自身、毎朝米国市場のレポートを書きながら、一つの数字を出すにも出典を確かめる習慣を崩さないようにしています。「〜らしい」で済ませた瞬間に、読んでいる人の信頼は静かに減っていく。それは数字には見えにくいですが、確実に起きていることです。
メディアの「色」を知った上で読む。発信する前に一次情報(政府の公式資料や統計など、加工される前の元データ)を確かめる。それだけで、SNSの言葉の重みはずいぶん変わるはずです。
友達限定だから、ではなく——友達だからこそ、ちゃんと確かめてから発信したいものです。
これは、自分自身への戒めも込めて書いています。
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